ナンディスワラを寄付するのはよいが、わたしの名前だけが残るというのは面白味に欠ける。事の子細をアピアピの関係者にPRして、寄付を集めることにした。
1週間のうちに、申込みが続々とやってきた。それで、31名の申込者から44名の名義で必要経費の2倍近くもの寄付が集まってしまった。
これは正直言って、全く予想しなかった事態である。そんなにたくさんの名前を刻字できるだろうか。それから、お金が随分余ってしまうのは、どうしたものか。
刻字については一応のルールをつくって、どうやっても全員の名前を彫ることにした。
余ったお金は、プールしておいて次にお寺で何か建設する時の足しにする。たちまち、バライ・クルクル(日本流にいえば半鐘小屋)の建設計画があるそうだ。
土台を作る左官屋さんと相談して、プレートの大きさは28cm×40cmが2枚ということになった。それを決めて、スカワティの大理石屋さんに行く。
「字が多すぎてとてもそのサイズにははいらない」
というのを、物差しを当てながら原稿を目の前で切り貼りしてみせて、何とか納得してもらった。
「なるほど、ではやりましょう」
料金は一人分が1万ルピア見当で、合計45万ルピアとのこと。かなり繊細な仕事になる。
「3日後に下書きを作っておきます」
最初の、レイアウトに対する熱意のなさからみて、多少の不安があったが、当日出かけてみると見事に下書きができていた。さすがプロである。大理石の石板に白い塗料を塗って、その上に鉛筆で44名分の名前の字の形が書いてある。手慣れたラインだ。
ちょっと修正してOKを出したら、いきなり彫刻の作業が始まった。
バリ人には珍しく度のきつそうなメガネをかけた若いアンちゃんが、上半身裸で石板の上に覆い被さるようにして、細かいノミを木槌でこつこつ打ちながら、一心不乱、巧みに彫っていく。
「わだばゴッホになる・・・」とつぶやきが聞こえてきそうな気迫である。
彫りながら、タバコを一吸いして左脇に置いた空き缶に待機させておく。それを時々口に運んで、フィルターぎりぎりまで吸い終わると勢いよくポーンと庭めがけて放り投げる。字の出来を透かして見ながら、また新しいタバコに火をつける。
こんなペースで、一人分をおよそ20分くらいで彫ってしまう。
3人分彫るごとに、白い塗料を削り取って仕上がりをほれぼれと確認し、やってもやらなくても変わらないような些細な修正のノミを入れる。
「ではやりましょう」と言ったボスは、そばの椅子にのんびりと腰掛けて、皮膚病のせいでまだらに毛の抜けたみすぼらしくもあわれな白い子犬の体に、シッカロールをパフパフ擦り込んでいる。
子犬は逃げたいのに尻尾をつかまれて、石粉だらけのコンクリート床の上でもがいている。もう、彼の体に擦り込まれているのは、シッカロールだか石粉だかわからない有様だ。
傍らではあいかわらず、汗で光る黒い左腕がノミを握って石板の上をワイプしていく。右腕の、これまた黒光りする木槌が、コツコツコツコツとリズムを刻みながら、そのノミの尻を追いかける。
やがて、火のついた短いタバコがポーン。もだえる子犬。
単調だけれども、ゆっくりゆっくりとことが進んでいく、熱帯の空の下の木陰の作業場である。
スカワティの棟方志功の職人技と、ゆっくりだが確実な生産のテンポを実に心地よく味わいながら、石粉まみれの非日常的な空気に包まれて、わたしはなんだか誇らしい気分になってしまった。