2009年8月20日木曜日

027 バリ料理の食べかた


パダン料理というのがあって、バリ島でも結構流行っている。パダンはスマトラの地方の名前である。

パダン料理店にはいると、だまっていても目の前に皿がたくさん積み重ねられて出てくる。
どれもこれも黄色くて、同じように見える。しかし、よく見ると、それぞれの皿に盛られているのは、鶏の足、内側にゲソを詰め込んだイカ、ゆで卵、小エビの炒めたもの、キャベツなど、結構いろいろだということがわかる。いずれもクニルという香辛料のはいったスープで煮立てられて、生姜色をしているのだ。
とてつもなく辛いものもあるが、たいていは口に合って旨い。好きな皿だけとって食べて、後で精算する。白いご飯と飲み物は、別に注文する。

パダン料理の食卓には、念のためにスプーンとフォークとが添えられているが、この野性的な食物を礼儀正しくしとやかに食べる人はいない。たいていの人が手で食べている。

それから、バリ島の最もポピュラーな食べ物に、ナシ・チャンプルがある。

鶏肉や豚肉、野菜の煮たものがご飯と一緒に盛ってあって、これまたクニルのスープがかかっている。日本で言うとチャンポンご飯である。おそらく、チャンプルとチャンポンの語源には共通するところがあるのだろう。チャンプルは、“まぜまぜ”というほどの意味、ナシはご飯のことである。
村のワルン(よろず屋)にも売っていて、これはテイク・アウトできるのでナシ・ブンクスという。ブンクスは“包む”こと。バリ版ほか弁である。
ナシ・ブンクスは、片面に油を引いた包み紙を上手に折って包んであり、そのまま開いて左手に載せて、歩きながらでも食べられるようになっている。

ナシ・チャンプルやナシ・ブンクスをフォークや箸で食べる人も、まずいない。

手で食べるには、ちょっとしたコツがある。うまくやらないと、例えばご飯つぶがばらけてしまったり、口に入れる時に周りに付いたり落としてしまったりする。

まず右手の親指と小指を曲げて、残った3本の指を皿の中で弧を描くように撫でて食べ物を集める。集めた塊りを、同じ3本の指でひょいと内側にすくって、そのまま口に持ってくる。口の手前で、曲げていた親指の背ではじくと、塊りがポンと口に入る。その間、指先の描く線は実に滑らかで、澱みがない。
ネイティブたちの手さばきは、流れるように美しい。

玉村豊男氏は、ナイフ、フォークを使う食べ方、箸を使う食べ方、手で食べる食べ方について、詳細な描写と分析を行い、この順番で野蛮度が下がっていくと結論づけて、手で食べる作法の上品さを高らかに称賛しているが(「文明人の生活作法」)、これは実際にやってみればすぐにわかることだ。

手さばきの優雅さや色っぽさを体得するには多少年季を要するものの、手で食べる利点は初心者にでもすぐに納得できる。

まず、ナイフやフォークあるいは箸と皿とが接触するときに発する、カチャカチャという音がしない。これは当然だ。
それから重要なことは、舌よりもやや鈍感な指先でもって、これから口に入れようとする食物の固さや温度を予めチェックできる、つまり、舌触りについての予備知識を持てること。細かい骨なども事前に指で取り除いておくことができるので、口に入れてからシーハーしなくてすむ。
ひょっとしてどこかの種族では、指先である種の味、例えば辛みのチェックをできたりするのかもしれない。

安心して食べられるから、表情もゆるみ、なごやかさがでてくる。

バリでは、ナシ・チャンプルやパダン料理を手で食べることをお奨めする。ただしその間、トイレでは右手で紙を使わないよう気をつけたほうがよい、と思う。


0 件のコメント:

コメントを投稿