ある夜半のこと、ウブドゥ周辺の真っ暗な路上に、ここに3人、ここに5人と、凛々しい男どもがたむろしたり、隊列を組んで歩いたりしていた。いずれも、棍棒のようなものや、長い竿を持っている。竿の先には、時々キラリと光るものがある。つまり、これは槍である。どうもただごとではない、おどろおどろしさが闇の中に充満している。お葬式のシーズンなので、そのせいかとも思ったが、そうではなかった。
「どうしたの?」
「ジャワから盗賊団がやってきていて、夜な夜なあちこちの寺で盗みを働いている。これは、その警備である。私たちは今夜の当番」
いわゆる、自警団である。これでは、泥棒も命懸けだ。
後で聞いたところによると、泥棒なんかは警察が来る前に殺してしまうんだそうだ。なぜなら、警察が来た後では殺せないから。つまり、お巡りさんは悪者を捕まえに来るのではなくて、捕まった泥棒に法の保護を与えに来るわけだ。だから、犯罪者は捕まりそうになると必死で警察に駆け込むという。少し眉唾な部分もあるが、ともかくバリで悪いことをしてはいけない。
これも後で聞いたところでは、ジャワから来た盗賊団は、ヒンドゥの寺にもぐり込んで、宝物を奪うだけでなく、その後にけしからぬ落書きを残したり、現地の人の言葉によると「頭にウンチをする」ような行いを繰り返していて、それが人々の怒りに油を注いでいるらしい。窃盗だけならいざしらず、わざわざ宗教的挑発までからませているということだから、これでは槍で突かれてもしかたがない、のだそうだ。
それからしばらくして、家に泥棒が押し入った。寝静まった頃を見計らって、ゲストルームのガラスのルーバーを一枚一枚丁寧に取り外して侵入し、眠っていた知人夫妻の枕元に置いてあった貴重品袋を持ち去ったのである。別の部屋に寝ていた私は、どういう巡り合わせか、寝付けずに起き出して、逃げようとする賊と鉢合わせをしてしまった。心臓が飛び出る思いだったが、向こうはもっとだったろう。真っ黒い人影が、石つぶてを2、3個私に投げつけたかと思うと、塀を飛び越えて転げるように裏手の森の中に消えた。
けたたましい私の呼び声に反応して、家の男たちが鉄パイプを振りかざして走り出してきた。その恰好で一応辺りを走り回ってはいたが、当然ながらもう曲者の影も形もない。サンダルが一足残されていた。
そのうち、被害者夫妻が「何かあったのか」と起き出してきて、自分たちの不運に気付き、ますます騒ぎが大きくなった。
バリの朝は、漆黒の夜からいきなり、雲雀が駈け上るように明ける。明るくなってから、お巡りさんが何人もやってきて現場検証と事情聴取がはじまった。やがて、途中でどこかへ用足しに出掛けたそのうちのひとりが帰ってきて、深刻そうな顔で私にこう告げた。
「犯人はジャワ人。ふたりである。ふたりとも北東の方角にいる」
知っているのなら早く捕まえて欲しいものだ。しかし、なぜわかったのだろう。彼の答えは
「今、サンダルを持っていってお坊さんに占ってもらったのだから、間違いない」
悪いことは何でもジャワ人のせいにするのは、バリ人の悪い癖である。無防備は罪作りだと反省して、後日白い番犬を一匹飼い、壁に赤外線センサーを取り付けた。
当の夫妻には申し訳ないが、わたし自身はちょっと打ち身をつくっただけで大した怪我にもならず、むしろ被害届けの出しかたとか、パスポートや航空券の再発行の手続きとか、日ごろできない勉強をしたと思うことにした。
それ以来、犯人のことが妙に気になる。日の出前の暗闇の中を、やつらは走って逃げた。バリ人だかジャワ人だか知らないが、大蛇も潜む真っ暗な熱帯の森の中を、裸足で駆け抜けていく若い男。しなやかな、鹿のようなその姿を想像して、そのイメージが頭から離れない。
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