2009年7月5日日曜日

009 ワヤンの場合


ワヤンは、近くのホテルのオーナーの息子である。ワヤンというから跡取りかと思ったら、第2婦人の息子で、そのせいかどうか、跡取りということでもないらしい。虫を飼ったり、闘鶏に夢中になったり、いつ会っても真剣に遊んでいたが、笑顔を絶やさない、いい男である。

彼はプレイボーイだ。当時、弱冠28歳で12歳の子供がいた。その母親とは「愛が壊れた」ので別れて、今は独身ということだった。日本人の彼女が25人いると自慢するので、本人がいない所で別の人に尋ねたら、やはりワヤンは恋人を25人日本にもっているという。本人が言うのは主催者発表というわけでもないようだ。

ある時久しぶりに会ったら、6カ月後に結婚するのだと嬉しそうにいう。相手は、A子さんという日本人。近くのコテージに2カ月と7日滞在し、つい10日程前に帰国したらしい。
彼と彼女はつまり10週間前にここで初めて出会ったのだが、彼の言によると、それ以来毎晩ふたりは愛し合ったのだそうだ。ワヤンはさらに調子に乗って、より詳細な供述を行ったのだが、それを記録するのはいささかはばかられる。

「大変疲れた」

といっているが、本当だろう。彼は、結婚後バリ人となるはずの彼女が、日本で仕事を続けるのに、就労ビザが必要だろうか、結婚式はお金がかかるのでそんなに盛大にはできないとか、細々と悩んでいるが、その割には彼女の年齢も教えてもらっていないし、フルネームも忘れてしまっていた。

この手の話は、よく聞く話だ。むしろ、日本人の恋人がいないというバリ青年に、これまでほとんど会ったことがない。真面目なマデでさえ、白状させると10人以上いるという。そのうち2人とは、すっかり結婚するつもりだったとのこと。
こういう話題については、こちらが問い詰めなくても、彼らは好んで微細に立ち入った報告をしてくれる。悪びれる様子も、見栄を張る風もない。
壊れた物語もたくさん聞かされたが、いつも感銘を受けるのは、彼らがそれを誰のせいにもせず「何かがうまくいかなくて」と静かに受容し、寂しいけれども屈託がないことだ。本当は、彼女たちが日本の日常に帰って、バリでの約束をすっかり忘れてしまったせいに違いないのだが。

ワヤンの場合は、その後どうなったか。
それが驚いたことに、本当に結婚したのである。
A子さんにとっては、ずいぶん大きな決断だったに違いない。そのごほうびのように、仲むつまじくて幸せそうな夫婦だった。
ホテルの離れに住んで、すぐに子供も生まれた。

ワヤンは、今度はその赤ちゃんといっしょに楽しそうに虫の飼育をやっていたのだが、残念ながら、何かがうまくいかなかったようで、何年後かに聞くと、彼女は子供を連れて日本に帰ってしまっていた。

その後、ワヤンはホテルを出て、別のところに高床式の小さな家を建て、今度は若いバリ人の女性といっしょに暮らしている。訪ねていったら、闘鶏用の鶏を抱きながら、あいかわらず屈託のない笑顔で迎えてくれた。
波瀾万丈のはずだが、ケロッとしている。A子さんも、ぜひアッケラカンとしていてほしいと思う。

(写真は本文とは関係ない、と思ってください)


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